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【健康管理担当者必見】名簿が「揺れる」本当の理由
〜人事システムと健康管理システムの「分断」が現場に何をもたらすか〜

こんにちは。看護師・保健師として現場経験を積み、現在は健康経営エキスパートアドバイザーとして、企業の健康管理業務(健診、ストレスチェック、面談、二次受診勧奨、復職支援など)を伴走している立場からお話しします。
企業の健康管理担当者さんとお話しすると、必ずといっていいほど出てくる悩みがあります。

「名簿の管理が大変で……」

健診の対象者を抽出しようとしたら退職者が残っていた。
異動したはずの人が旧所属のままになっていた。
夜勤の人に案内が届いていなかった。
ストレスチェックの結果が別の人に紐づきそうになった。

こうした「名簿が揺れる」状態は、担当者さんの注意や努力が足りないから起きているのではありません。構造的に難しい条件が重なっている場合がほとんどです。異動が多い、出向・派遣・委託などが混在する、非常勤や短時間勤務がいる、夜勤・交替制・シフトで勤務形態が複雑、多拠点で管理が分散している。大企業、製造業、運送業、大学など、そういう組織では特に起きやすい。

ただ、現場をまわるうちに私はあることに気づきました。名簿が揺れる理由は、組織の複雑さだけではない。もっと根っこに、見えにくい構造的な問題があると。

今回はそこを正直にお伝えしたいと思います。「担当者の工夫でどう乗り越えるか」だけでなく、「なぜそもそも乗り越え続けなければならないのか」という話まで含めて。

1. 表層の問題:組織の複雑さが名簿を揺らす

まず、現場で実際によく起きていることを整理します。

異動が多い組織では、名簿の所属情報がすぐに古くなります。出向・派遣・委託が混在する組織では、「誰の健診を誰が管理すべきか」という責任の境界が曖昧になる。非常勤や短時間勤務が多い職場では、学内メールが届かない人や連絡先が把握しにくい人が生まれます。夜勤・交替制のある現場では、案内を送っても日中に確認してもらえないことが多い。

これらは、担当者さんが工夫と根性で何とかしようとしている領域です。正の名簿を一つ決める、確定日を設ける、例外のルールを先に決めておく——そういった仕組みづくりで、ある程度は改善できます。

でも、もう一歩深いところに、担当者の工夫だけでは届かない壁があります。

2. 根っこの問題:人事システムと健康管理システムの「分断」

多くの企業では、人事システムと健康管理システムが別々に存在しています。それぞれ異なるベンダーが提供していることが多く、原則として連携していません。

人事システムには、入退社・異動・雇用区分・勤務形態といった「在籍の正」となる情報が入っています。一方、健康管理システムには、健診結果・ストレスチェック・面談記録などが入っている。本来は同じ「人」の情報なのに、二つのシステムがつながっていないために、情報がそれぞれの箱に閉じています。

これが現場で何を引き起こすか。

  • 人事側で異動・入退社が起きても、健康管理システムには自動で反映されない
  • 最新の人事データを見ようとしても、健康管理担当者にはアクセス権限がないことがある
  • 仕方なく、人事部門にデータのエクスポートを依頼し、健康管理システムと手作業で突合・取り込みを行う
  • その作業のタイムラグの間に、退職者が名簿に残ったまま健診案内が送られたり、入社したばかりの人が対象から漏れたりする

「名簿の手動突合」と聞くと、一時的な作業のように聞こえます。でも実態は違います。入退社・異動が発生するたびに繰り返され、健診・ストレスチェック・二次受診勧奨のたびに繰り返される。担当者さんの貴重な時間と判断力が、この「橋渡し作業」に消えていく。

しかも、この問題は組織が複雑なほど深刻になります。運送業・製造業・大学など、先ほど挙げた「名簿が揺れやすい条件」が揃っている組織ほど、人事データの変動も激しく、手作業の突合コストも大きくなる。

3. 工夫でここまでできる——智商ロジシステムの実例から

こうした構造的な難しさを抱えながらも、システムを遣わず、現場の工夫で驚くべき成果を出している組織があります。

岡山県岡山市に拠点を置く株式会社智商ロジシステムさんは、人材派遣・人材紹介を主事業とし、運送業をはじめとする現場へスタッフを送り出しています。そんな、運送業に携わるスタッフが多い職場ならではの課題があります。それは、「文字コミュニケーションが取りにくい人が多い」という現実です。

健診の案内をメールで送っても、見てもらえないことがある。お知らせを掲示しても、読まれないことがある。一般的な周知の方法では、全員に届かない。

そこで智商ロジシステムさんが取り組んだのが、「点呼の際に声かけを必ず行う」という方法です。ドライバーが出発前に集まる点呼の場を使い、健診の案内を口頭で伝える。「健診に行かないと、病院施設側が困ります。待たせてしまうことになります。」という主旨で伝えることにより、「いつ行ってもいいや」と思いにくくなり、「行かねば」と思うようになります。

その結果、健康診断受診率・二次受診率ともに100%を達成。「全員行く」という文化が組織に根付いています。

これは本当にすごいことです。受診率100%を達成している組織は珍しく、しかも「文字が届きにくい」という構造的に不利な条件の中でそれを実現している。声かけの工夫と、継続する意志の賜物です。

同時に、私はここで一つの問いを持ちます。
「なぜ、ここまでしなければならなかったのか」と。

点呼での声かけは、言い換えれば「システムが届けられない情報を、人が体を使って届けている」ということです。それは現場の担当者の熱意と工夫によって支えられている。でも、もしシステムが適切に情報を届けられる設計になっていたら、担当者さんのエネルギーを、もっと別のことに使えたかもしれません。

4. 工夫の限界——担当者が「橋渡し役」を担い続けることのコスト

人事システムと健康管理システムが分断されている状況では、担当者さんが「橋渡し役」を担い続けることになります。この橋渡しのコストを、少し具体的に考えてみます。

時間のコスト

定期的に人事部門にデータ出力を依頼し、受け取ったファイルと健康管理システムのデータを突合し、差分を確認して、どちらかに反映する。これを健診のたび、ストレスチェックのたびに繰り返す。小さな組織でも数時間、規模が大きくなれば数日がかりになることもあります。

判断力のコスト

突合の過程で、「この人は対象か?」「この異動は今回の健診に影響するか?」という判断が何度も求められます。ルールが明文化されていないケースでは、担当者さんの経験と勘が頼りになる。この「都度判断」の積み重ねが、静かに担当者さんを消耗させていきます。

属人化のリスク

担当者が変わったとき、この「橋渡しのノウハウ」が引き継がれないことがあります。どのタイミングで誰に何を依頼し、どうやって突合するか。ドキュメントに残っていなければ、次の担当者さんはゼロから覚え直しになります。

担当者さんが丁寧な健康管理業務に使えるはずだった時間と判断力が、「情報を揃えるための作業」に吸い取られていく。これが、名簿問題の本当のコストです。

5. 今できる工夫——それでも仕組みで乗り越えるために

「システムが変わるまで待てない」という現場の方に向けて、今すぐできる工夫もお伝えします。完璧を目指さず、できるところから始めれば大丈夫です。

① 正の名簿を1つ決める

拠点ごと・部門ごとに名簿がバラバラに存在している状態を「統合しきる」必要はありません。「対象者抽出に使う正の名簿」を一つだけ決めることが先です。人事給与系のデータを基準にするのがおすすめです。

② 確定日と追加枠を設ける

「いつの時点の在籍者を対象にするか」を明確にします。確定日を決めることで、名簿が揺れ続けることを防げる。それ以降の入社・復職者は「追加枠」として月末にまとめて処理する設計にすると、仕事が終わる状態が作れます。

③ 例外を「箱」に入れてルール化する

異動・出向・非常勤・シフトなど、よくある例外パターンを先にルール化しておきます。「出向者は出向元が実施主体」「非常勤は週○時間以上が対象」など、最初は粗くても構いません。都度判断していた部分がルールになるだけで、担当者さんの精神的負担は大きく減ります。

④ 更新責任を分担する

名簿更新を健康管理担当者が一人で抱えない設計にします。人事は入退社・異動・雇用区分、現場責任者は勤務形態、総務は連絡ルート・・・と役割を分け、更新タイミングを固定する。このリズムができると、担当者さんに余力が生まれます。

ただ、こうした工夫を重ねても、情報の発生源(人事システム)と使う場所(健康管理システム)が分断されている限り、手動の橋渡し作業はなくなりません。工夫は「コストを減らす」ことができても、「コストをゼロにする」ことはできないのです。

6. 本当の解決へ——システム連携が担当者を救う

「名簿が揺れる」問題の根本的な解決は、人事システムと健康管理システムが適切に連携する設計にあります。

入退社・異動が発生したとき、その情報が健康管理システムにも自動で反映される。
勤務区分や雇用形態の変更が、対象者リストにタイムラグなく届く。
健康管理担当者が、最新の人事データを適切な権限のもとで参照できる。

そういう設計が実現すれば、担当者さんが手作業で橋渡しをする必要がなくなります。

その分だけ、担当者さんのエネルギーが本来の仕事、つまり、健康相談、面談、二次受診勧奨、復職支援に向けられるようになります。

智商ロジシステムさんが点呼での声かけという地道な工夫で100%受診率を実現したように、現場の熱意は本物の力を持っています。その熱意が、「情報を揃えること」ではなく「人の健康に向き合うこと」に使われる環境を整えることが、健康管理システムの本来の役割ではないでしょうか。

名簿が整い、情報が自動で届き、担当者さんに余力が生まれる。その余力が、丁寧な健康管理として社員一人ひとりに還元される。「名簿が揺れる」問題の解決は、そのスタートラインに立つことだと、私は現場を見ながら感じています。

奥野 実羽心

株式会社TAYORI

看護師・保健師として、急性期・終末期・回復期・療養期・健診…と、「治療」と「予防」の領域を経験。子育てを機に、営業と広報の分野に転職し、2018年に起業。その際、「子供たちが、生まれ育った地でも自分らしく豊かな人生を送れるようにしてあげたい」と思い、健康経営エキスパートアドバイザーの資格を取得し、人的資本経営の観点を大切にした本質的な健康経営支援会社を2022年に設立。
パーソルグループ「ミイダス」でも講師を務めるなど、人材活用にも尽力。小学生2人のママでもあり、シングルマザー経験も活かし、女性活躍事業「倉女」にも取り組む。